しほかれゲーム|制作ノート
ボクの名はを作った理由|名刺ではなく、人の名前を探す交流ゲーム
「ボクの名は」は、ただの交流会ゲームではありません。名刺交換だけでは人は覚えられない。肩書きだけでは人は見えない。お金の匂いだけでつながった関係は、どこかで寂しくなる。そんな違和感から生まれた、しほかれ発のファンタジー型交流ゲームです。
舞台は、夢の中で行われる大交流会。
そこでは、自分の名前も、大切な人の名前も思い出せません。名刺はシャッフルされ、参加者たちは花一匁のように名刺を奪い合いながら、自分にとって大切な人を探していきます。
もし勝ち抜くことができれば、夢の中で出会った人たちが、現実世界でその大切な人の味方になってくれる。
だから主人公は、必死で勝つための戦略を考え、運命の人を探します。
けれど、その夢には代償があります。夢の中で活動すればするほど、自分の寿命が削れてしまう。それでも主人公は、前に進みます。
なぜなら、他人の命は生きられないからです。
ボクの名はとは?
ボクの名はとは、名刺交換だけでは人を覚えられないという交流会の課題から生まれた、しほかれ発の交流ゲームです。夢の中の大交流会を舞台に、参加者が名刺を探し、名前を覚え、人とのつながりを取り戻していくファンタジー型リアル交流ゲームです。
ボクの名はは、肩書きや売上ではなく「名前を覚えること」から人間関係を始めるためのゲームであり、AI時代に希薄になりやすい人とのつながりを見直すことをテーマにしています。
きっかけは、命の限界を感じたときだった
このゲームの原点には、自分自身のかなり苦しい時期があります。
当時、体を壊していて、メンタルも限界に近い状態でした。
あとどれくらい生きていられるんだろう。このまま、自分はどこまで持つんだろう。
そんなことを考えるほど、追い詰められていました。
もし、あと半年くらいしか生きられないとしたら。そのとき、自分は何をしたいのか。
そう考えたときに浮かんだのは、今そばにいる大切な人の人生を、少しでも良くしてから死にたいという気持ちでした。
自分の命を削ってでも、大切な人の未来を守りたい。
そのとき、こんな言葉が浮かびました。
僕が生きたかったのは、君の命だった。
この言葉が、「ボクの名は」の根っこにあります。
夢の中の大交流会で、名刺を奪い合う
夢の中で行われる、花一匁の大交流会
「ボクの名は」は、ファンタジーです。
夢の中では、大交流会が行われています。そこでは、普通の名刺交換はありません。
名刺はシャッフルされ、自分の名前も、大切な人の名前も分からない。参加者は花一匁のように、名刺を奪い合いながら勝ち進んでいきます。
一見すると、少し不思議なゲームです。
でも、この設定には意味があります。
現実の交流会では、名刺を交換しても、ほとんどの人の名前を覚えられません。肩書きは見る。業種は見る。売れそうかどうかは考える。
でも、その人の名前を本当の意味で覚えているかというと、意外と覚えていない。
だから、「名前を探す」というゲームにしました。
名前を探すということ
名前を探すということは、相手を覚えるということです。
相手を覚えるということは、その人をただの見込み客や肩書きではなく、一人の人間として見るということです。
名刺交換だけでは、人は覚えられない
これまで、いろいろな交流会に参加してきました。
そこで何度も感じたのは、ただの名刺交換では、ほとんど何も残らないということです。
- 名刺を交換する
- 自己紹介をする
- 少し話す
- その場では「またよろしくお願いします」と言う
- でも、翌日には誰だったか分からない
名刺フォルダの中に埋もれていく。SNSでつながっても、関係は深まらない。
これはかなりもったいないことだと思いました。
出会いはある。人はいる。でも、つながりになっていない。
だから、「ボクの名は」では、名刺そのものをゲームの中心にしました。
名刺を交換するのではなく、名刺を探す。
名刺を見るのではなく、名前を覚える。
肩書きを見るのではなく、その人を見つける。
この構造にしたかったのです。
肩書きで人が判断される交流会への違和感
交流会では、どうしても肩書きで人が判断されます。
- 経営者は強く見られる
- フリーランスは軽く見られる
- 保険営業や不動産営業は警戒される
- すごそうな肩書きの人には人が集まる
- 分かりにくい仕事の人はスルーされる
もちろん、ビジネスの場なので、相手の仕事を見ること自体は自然です。
でも、肩書きだけで人を判断する空気には、ずっと違和感がありました。
経営者だから偉いわけではありません。フリーランスだから価値が低いわけでもありません。保険や不動産の営業だから、最初から雑に扱っていいわけでもありません。
人を見る前に、肩書きを見ている。
この構図を壊したかった。
だから、差別から入るのではなく、ゲームから入ることにしました。
ゲームなら、肩書きではなく行動が見えます。人柄が見えます。覚えようとする姿勢が見えます。相手をどう扱うかが見えます。
交流会で人は「人」ではなく「金」を探している
少し厳しい言い方をすると、交流会では多くの人が「人」ではなく「お金」を探しています。
- 仕事につながる人
- 紹介してくれそうな人
- 買ってくれそうな人
- 自分にメリットがありそうな人
そういう視点で相手を見てしまう。
もちろん、ビジネスの交流会なので、仕事のつながりを求めること自体は悪くありません。
ただ、それだけになると、人間関係はどんどん薄くなります。
「一期一会」と言いながら、実際には仲の良い人とだけ話して終わる。
「ご縁を大切に」と言いながら、見込みがない人はすぐに忘れる。
「人脈が大事」と言いながら、相手を数字や案件として見ている。
その矛盾が、ずっとストレスでした。
だから、「ボクの名は」は、人を探すゲームにしました。
売上ではなく、名前。案件ではなく、存在。メリットではなく、大切な人。
そこから始まる交流会を作りたかったのです。
AI時代だからこそ、人のつながりはもっと大事になる
これからAIがさらに進化すれば、人間関係はもっと希薄になっていくかもしれません。
仕事の一部はAIが代行する。文章も作れる。画像も作れる。営業文も作れる。情報収集もできる。
便利になる一方で、人と人が深く関わる機会は減っていく可能性があります。
だからこそ、人間関係はもっと大事になると思っています。
- 誰が自分を覚えてくれているのか
- 誰が本当に味方になってくれるのか
- 誰の未来を、自分は守りたいと思えるのか
AI文明が進むほど、名前を覚えることの価値は上がるかもしれません。
「ボクの名は」は、その感覚をゲームにしたものです。
ボクの名はが目指す交流会
「ボクの名は」が目指しているのは、ただ盛り上がる交流会ではありません。
- 名刺を交換して終わりではなく、名前が残る交流会
- 肩書きで判断するのではなく、人柄が見える交流会
- 金のつながりだけではなく、応援のつながりが生まれる交流会
- 大切な人の未来を、誰かが一緒に支えてくれる交流会
そんな場を作りたいと思っています。
このゲームは、ファンタジーです。
でも、描いているテーマは現実です。
人は、自分の命だけを生きています。
他人の命は生きられません。
だからこそ、自分が生きている間に、誰の未来に何を残せるのか。
「ボクの名は」は、その問いから生まれたゲームです。
ボクの名はは、しほかれから生まれたファンタジー型交流ゲームです
夢の中の大交流会で名刺を探し、大切な人の運命を変える。
名刺交換で終わらない出会いを作りたい人。肩書きではなく、人として覚えられる交流をしたい人。AI時代だからこそ、人とのつながりを見直したい人。
作者:黒田周兵
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